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奈良時代に見るゴマの魅力

健康に敏感な人々から、絶大な支持を得ているセサミン。
その素となるゴマは紀元前の昔から重宝される健康食品として活用されていました。
今回は、セサミンの素となるゴマにスポットを当て、日本におけるゴマの歴史から、その魅力をお伝えさせて頂きます。

1.縄文時代に伝えられたゴマ

紀元前1200年~1300年、縄文時代の遺跡から、ゴマと見られる植物の痕跡が見つかっています。
さいたま市の真福寺低湿地遺跡から、アズキ、ソバ、ウリとともに、ゴマが出土しました。
これは、ゴマが稲作と同等かそれ以上の歴史があると考えられる裏付けであり、ゴマがいかに大切にされていたかを今に伝える大発見です。
遺跡の中から見つかった事実から、その時にはすでにゴマを栽培していたかもしれないと言われています。

ゴマは漢字で「胡麻」と書きます。
これは、「胡(インド)からやって来た、麻(アサ)に似た植物」と言う意味と言われています。
実際のゴマの原産は、アフリカ大陸のサバンナと言われていますが、ゴマが日本に伝えられた時代には、南インドで温帯型のゴマが栽培されており、南インド原産のゴマが流通していたからと考えられています。

南インド産のゴマは、美味しいからという理由だけで広まったわけではなく、すでにゴマの優れたパワーに気がついていた古代人達は、その効果・効能を口伝として種と共に伝えたと考えられています。
縄文時代の日本人も、ゴマの効果・効能を信じ体験し、遺跡の中で管理しながら活用していたのでしょう。

2.ゴマが全国に流通していた奈良時代

西暦734年、日本では奈良時代です。
なんと、この時代に残された「収支決算書」にゴマの記載が残っています。
現在の愛知県(尾張の国)で「胡麻子(ゴマの種)」を購入したと記載されています。
さらに、現在の大分県に残っている収支決算書には、胡麻子を「三石四斗四升」購入したと購入量まで記載されています。
「三石四斗四升」とは、現在の量にして540リットルほどになります。
1.5リットルのペットボトルとして計算すると、360本。
この記録から、奈良時代にはすでに大量のゴマが流通しており、その流通量から、盛んに栽培が行われていたと考えられています。

仏教の広まりと共に、ゴマを利用した油の活用も広がったのではないかと考えられていますが、それにしても大量の流通量です。
しかしながら、ゴマは高価だったため、庶民には高嶺の花であったとも伝えられており、ゴマを活用していたのは主に当時のお金持だけだったと言われています。
西暦720年頃の静岡県(伊豆の国)では、ゴマ油1升が45倍の容積の米と交換されていたと記録が残っています。
その後、菜種油などの発見により、安価な油が出回りますが、それでも明治時代初期頃までの長期に渡って、ごま油は灯火として活用されていました。

3.古の日本人をとりこにしたゴマ

縄文時代から大切にされていたゴマ。
単純に美味しいと言うのも理由ではあったと思いますが、伝えられてきた健康効果について、「間違いない」と感じる体験があったからこそ大切にされてきたのではないでしょうか。
また、日本におけるゴマが、主食ではなく副菜として様々に利用できた使いやすさも、人気の秘密だったのかもしれません。
歴史の真実はロマンの中にあると言われ、真実は想像の中ですが、確かなことは「ゴマ」が古の日本人をとりこにし、大切に受け継がれてきたと言うことです。
そのゴマから見つかった奇跡の成分「セサミン」。
毎日の健康の為に始めてみるのも良いのではないでしょうか。